性犯罪とは究極の自分本位!


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多発する性犯罪の謎

最近の痛ましい事件を思うとき、性犯罪の恐ろしさにを考えてしまう。

いつからこんなことになったのか?

多分、今に始まったことではないのだろう。

或はメディアの発達でクローズアップされやすくなったことで、多発しているように感じるのか?

いったい性の犯罪とは何なのか?

人間にとって性の欲望とはとても根源的なものであって、なくてはならない欲求なのだろうか?

それは、ある種の人によってはとても切実で、その欲求を制御することが出来ないものなのかもしれない。

制御できないとは、自分で自分をコントロールできないということだから、もしその欲求が反社会的なものであれば、すなわち犯罪を犯してまで欲求を満たしてしまわざる負えないことになる。

欲望の理由は生まれつきの性癖かもしれないし、育った環境かもしれないし、その理由は様々だが理由を知ったところでどうなるものでもないのだろう。

世界中で今起きている犯罪の多くは性に関わる事件だが、殺人や、誘拐、監禁等の理由が自分のセクシュアルな欲望を満たそうとするそれは、究極の自分本位だ。

古今東西、人の歴史は自分たち自身の性欲との闘いなんじゃないかと思ってしまう。

それほどに人は進歩なんかしないし、愚かなままだ。

昔から戦争をし続けているし、一向にやめる気配すらない。

人は学習能力がほとんどないとしか言いようがない。

戦争を繰り返すといことはそういうことだろう?

だから、人は、自分は、もっと謙虚にならなきゃいけないはずだ。

もしかしたら、自分の中にある性の欲求、欲望を見つめ直した方がいいのかもしれない?

ごく普通に生きて生活している人と性犯罪とは、はたして無関係なものなのか?

あまり自分の中を覗き込んで、寝た子を起こす的なことにならないようにしたほうがいいかもしれない。

自分の中に何が眠っているのか‥‥

知れたものじゃない……

まさか‥‥‥ね。


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