映画「紙の月」自分の心の中を覗いてみたくなる


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主人公の梨花はいともたやすく超えて行く!

日常と犯罪の挟間のクレパスをサラッと超えて行くように見えた。

そんなに簡単でいいのか?

なんだか共感できないな‥‥

もっとなんか、あるだろう、そこには簡単に見えても簡単に超えることのできない何かが!

っという風に思いつつ観ていたが、気が付くと次第に梨花に同化していっている自分を発見してしまった。

この映画が非常に多くの支持を得た理由はいくつもあるだろうが、特筆すべきは二点。

ひとつは、違和感。

梨花の感じる日常の中のちょっとした違和感の描写だ。この違和感の集積こそが梨花を犯罪へと走らせた正体なのかもしれない、と観客に思わせる細やかな演出がいい。僕たちは、わかるわかると思い、そしてそれがいつしか梨花の気持ちに共感させられていくのだ。

もうひとつは、爽快感。

物語の終わり方が、まるで優れた逃げ切り形アメリカ映画のように一気に観客を解放する爽快感だ。素晴らしい展開(原作)だし、映画の方の描写力も秀逸だ。

それにしても恐ろしいはなしだ。

自分も案外、越えられないはずの挟間を、実は簡単に何かの成り行きとかで、

ひょいっとばかりに越えてしまえるんじゃないだろうか?と自問している自分を感じる時、

自分の中に梨花と同じ「紙の月」を見るのだろうか?

MY評価 : ☆☆☆☆
2014年公開  松竹  126min
監督/吉田大八 、原作/角田光代 、脚本/早船歌江子
キャスト/宮沢りえ、池松壮亮

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